佐賀★ お姫様の物語と祐徳稲荷神社4

2017年5月の連休。

佐賀県にある祐徳稲荷神社にいました。



奥の院へ向かう途中にある「石壁神社」。






まず、ご祭神は萬子媛(祐徳院殿)様だそうです。

えーと・・・何て読むんだ? ググれググれ~・・・・

まんこひめ って読むそうです・・・。
後陽成天皇の孫にあたり、
父は左大臣花山院定好という、高貴な血筋の姫様で、
鹿島藩主鍋島直朝公に嫁いだそうなんですね。
その時に父上様から稲荷大神の神鏡を授けられたそうです。

しかしながら、その後、不幸なことに
直朝公との間にもうけた2人の子どもが2人とも亡くなってしまい
それを機にここへ社殿を建て、自ら神仏に仕えるようになったとのこと。



その後80歳になった時に、石壁山山腹のこの地に寿蔵を築かせて
断食して入定されたそうです。
まじか・・・。
高貴な公家のお姫様なのになんてストイック・・・意思の強さがすごい。
今は石壁神社となって、
お社の建物が岩の寿蔵の中に入ってるような形ですが
神社の社殿の隙間みたいなところが、一番当時の面影を感じる。



さらに階段を登って行くと、いかにも「稲荷」らしい
朱い鳥居の連続。

着いたところにまた神社がありました。「命婦社」です。





この「命婦社」、稲荷大神の神令使(お使い)である白狐の霊を、
お祀りしている御社なんだそうです。

それは萬子媛の時代から100年程経った、天明8年(1788)、
京都御所が火災に見舞われ、
その火が花山院内大臣邸(←実家筋)に燃え移った時、
どこからともなく白衣の一団が現れ、
屋根などにスルッと登り、あっという間に消火したそうです。

内大臣は彼らにお礼を言い「どこの者か?」と尋ねたところ
「我々は祐徳稲荷神社に奉仕している者です」と答えたそうです。
何故、花山院を消火して、御所のほうは消火しなかったのかと聞くと、
「自分たち、宮中に上がれるほど身分が高くないんで・・・」
と言って消えてしまいました。
この不思議な話を内大臣が天皇にお伝えしたところ
「ならば官位を授けよう」ということになり、
「命婦」という官位が与えられたのだそうです。



その続きの道、だんだん石段が粗い積み方になってきました・・・。
しかも、結構な勾配があります。



メインの階段から、ところどころ枝分かれして、
あちこちに小さな「命婦社」が建っています。



しんどいので、いちいち全部参拝はできない(;´∀`)
階段をのぼっていくので、もう必死です。
途中であきらめる人も結構いました。
年配の方や、うっかりサンダル的な靴で来た人なんかは、
最初から諦めておいた方がいいかも。
こんな感じが山の上まで続きますからね。



心折れそうになりながら、そして息切れしすぎて死にそうになりながらw
やっとたどり着きました!

奥の院とはどんなところなんでしょう? つづく。




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comment

Re: タイトルなし

小々次郎さん、( ´∀`)ゞ イラッシャーイ

最後の晩餐会にしては土瓶蒸しって渋すぎるwww
ちなみにあけぼうも断食無理です、
ダイエットすらままならないのに・・・
┐(´д`)┌ヤレヤレ

どうせ死ぬなら派手に最後の晩餐会を開いて大好物の松茸の土瓶蒸しに浸かってみたいと思うのが人の常。 断食するってかなり難しいと思います 自分なら多分5時間で限界 文字どうり”神業”ですね

Re: タイトルなし

misachi68さん、( ´∀`)ゞ イラッシャーイ

まさか都に繋がるエピソードのある神社とは思いませんでした。
最初の華やかな社殿の方では、
大きなおキツネ様の像以外は、
それほど「稲荷」という感じは薄かったのですが
こっちのほうは、大小の命婦社がたくさん!
ここの本当の姿はこちらのほうじゃないかなと思いましたよ!

なるほど〜
萬子媛のけなげさもほろっとくるし、
白衣の消火隊も素敵すぎる!!
物語がすんなりわかりやすくて、
地元の人たちにも愛されてそうだね〜
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プロフィール

あけぼう

Author:あけぼう
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血液型:A型
住 居:広島県
特 徴:ご朱印女子...
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誕生月。アンニュイです。

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