ワンダー×ワンダー「銀閣 幻の“月の御殿”」

今日のワンダー×ワンダー銀閣寺でした~。
100年ぶりの修復作業で明らかになった、銀閣寺の姿をCGで見ることが出来るということで、これは見逃せん!と張り切ってお茶の間でスタンバってましたよ☆

金閣寺と違って、名前負けしているというか、看板に偽りありというか、

「なんだ、銀じゃないじゃん」

と、実際に見に行ってガッカリな京都の修学旅行のスポット№1かもしれないお寺ですよね。
大人になれば、建物を取り囲む庭の美しさと黒く重厚さを増した木造の銀閣寺の対比の美しさとか、渋さ、みたいなものも感じられてくるのですが、いかんんせん、中高生にはインパクトが足りないかもしれないですよね。

でもでも。

銀閣寺が出来た60年後くらいに描かれた「洛中洛外図屏風」には銀閣寺、白っぽく描かれているのです。
調査の結果、
漆を塗り、その上に白土といわれる下地に使われる粘土を塗り、その上に大量のミョウバンを塗っていたとの事が分かったそうです。実際に、その通りに塗った板をTV画面で見ましたが、ミョウバンのガラス質がキラキラして、白いラメラメの板となっていました。これが、銀閣寺2層目の外壁だったらしいとのことです。
軒下の柱には多彩な色合いで文様が描かれていて、上品な白亜の御殿だったようです。これなら「金閣寺」と対比しても決して「銀閣寺」という名前が名前負けにならない。これ、絶対すごく綺麗だったと思う~゚.+:。(*≧∇≦*)゚.+:。

そして、この建物を建築した室町幕府将軍・足利義政はこの建物を「お月見」のために綿密な計算のもと、設計したとのことなのです。
まず、建物は東の方向に向いて建っており、その先に彼が「月待山」と名づけた山が。当時の地球の軌道等を計算するとちょうど月待山の山腹、正面中央から月が昇るようになってる。まずは、1階からその月を眺める。約20分ほどで月はひさしの上に隠れてしまうので、次は2階へ月を追って移動すると、今度は全く違う趣向が・・・・
障子を開けるとそこには池が鏡のように月を映し出していて、今度は直接仰ぎ見る月はなく、水鏡に映った月を眺める事が出来るんです。風流・・・ッ。
池の真ん中には月を模したかのような丸い石が配置されてるんですが、水鏡に映った月は時間がたつにつれて移動し、やがてはその岩とピッタリと重なり合い、照らし出します。そこまで計算されているんですよ・・・。驚愕です。
やがて時が経過すると、水鏡に映っていた月も逃げていきます。すると今度は2階から直接渡り廊下が延びており、別の建物に移動する事が出来るようになっていて、そこをゆったりと歩いて向かいます。今度は天頂から徐々に下り、やがて沈んでいく月を見ることが出来るのです。銀閣寺とともに・・・・。

ゲストの瀬戸内寂聴さんが「月のストーカー」とうまい事を仰っていましたけど、本当にどれだけ月が好きやねん、って感じの義政くんですよ。

彼は、応仁の乱のときに逃げた無能の将軍としても、茶の湯や生け花など日本の伝統文化のもとを生み出した将軍としても有名なんだそうですが、結局、政治的にはなんらリーダーシップを発揮できなかった為、とっとと将軍職を譲り、この東山の地に自らの山荘の建設に取りかかったみたいです。結果、敷地内には彼の美意識が反映された様々な建物が建設され、そのなかの東求堂という建物には日本最古の4畳半があるんだそう。当時は広間で皆で宴会ってスタイルが一般的だったらしくて、こういうのは、逆に新しかったんでしょうね・・・。銀閣寺は中でも集大成のような建物で、義政くん的にもかなり力が入ってたみたいですよ。

建物をみるかぎり、すみずみまで細かくプロデュースされていて、義政くんがそれほど無能とは思えない。少なくとも当時の人物としては風流のセンスはバツグンだったんじゃないかな。でも、どこまでも草食系・・・文科系オタク気質・・・そんな感じがする。例えば、彼の周りには「同朋衆」といわれる、生け花や能・・・様々な芸能文化のプロフェッショナルが、身分の上下を問わずに集まっていたそうなんだけど、それって、身分に寄らず才能を引き上げる人の上に立つ将軍の能力というより、自分とセンスやノリの近い仲間としか仲良く出来ない、みたいな閉鎖的なサロンって感じがしてしまうw 四畳半とか作っちゃったり。
(逆に奥さんの日野富子は肉食系っぽいわな~w)

こういう風流・趣味に生きる人が激動の動乱の時期に生まれりゃ、そりゃダメ将軍になるわな~。でも、それだけ弱っちい将軍でもこれだけの建築物が出来るんだから、やっぱ権力ってすごいね。


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ワンダー×ワンダー「京都!天下無双の別荘群」

住みてぇ・・・
心からの声でした(笑)

京都は一時期住んでいた事があるんだけど、東山のあの辺りが、お寺以外にも妙に緑がいっぱいあるなぁと思っていたら、別荘群だったんだね・・・。野村財閥の迎賓館みたいなのがあるらしいっていうのは聞いたことがあったよ。

明治の元老の一人、山県有朋の別荘・無鄰菴(むりんあん)は、公開されているから見に行った事があるんだけど、あの時も、「住みたい・・・」って思ったもんだった(笑) 成長してないのかも。

あの庭の美しいこと美しいこと。目の保養とはまさにこの事。
ああいう庭を自分が保有してみたかったけど、それはどうやら無理っぽいので盆栽という小さな世界で庭を持とうとした事があって、いくつか盆栽を育てていたんだけど、私の性格に問題があって手入れが行きとどかないせいで、無残な最期じゃった・・・
とにかく枝ぶりとかそういう高度なところで挫折したというんじゃなくて、苔の育成でつまづいた
苔なんてあんなのどこでも生えてるじゃん、って思うでしょ?私もそう思う。山でもそこらじゅうに生えてるし。
でも、小さな鉢の中でいざ育てようとすると、何故だか大変難しい
まず水がたくさん必要だし、日光の加減も・・・・。私の場合は、今思えば日光がちょっと足りなかったような気がする。

まあ、そんなかんじで、盆栽だけでも大変なのに、ましてや何千坪もの広大な庭を維持管理するって、並大抵の事じゃないと思うよ~。
そのうえ、庭の池に船を浮かべて(船の中は茶室)月見や花見をしちゃったり・・・平安貴族さながら。なんという贅沢。本当のお金持ちじゃないとできない事だよ。

現代まで維持管理してきたノウハウのようなものじたいが「文化」というか、伝統というと言い方がかたいかもしれないけど、本当に宝物なんだなって思ったよ。庭師さんたちの技術って言うのは、もはや一つの生態系をまるまる作り出して管理してるようなものだもんね・・・。

いやもうそんなのいい。とにかくキレイ!とにかくこの別荘に住みたい!!

登場した別荘たち
對龍山荘

碧雲荘

持ち主の変化は名称の変化・・・。
福地庵→巨陶庵→織寶苑→流響院

ここは見学する事ができる
無鄰菴

ここに宿泊して庭園を愛で、京都東山を巡ればカンペキかも!?
京・料理旅館 菊水


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